名古屋地方裁判所 昭和52年(行ウ)29号 判決 1984年9月21日
原告 小林弘文 外一九名
被告 杉浦公明
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、愛知県に対し、金二億三九三六万二五〇〇円及びこれに対する昭和五一年一二月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案の答弁)
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、いずれも肩書地に住所を有する愛知県(以下、単に「県」という。)の住民である。
2 被告は、県の企業局長であり、県が経営する地方公営企業である愛知県内陸用地造成事業及び臨海用地造成事業(以下、単に「用地造成事業」という。)の管理者たる地位にある。
3 公金の違法支出
(一) 被告は、用地造成事業の管理者として、県が昭和五一年一二月二五日に宗教法人八幡社(以下、「八幡社」という。)から八幡社所有の別紙物件目録記載の山林(以下、「本件山林」という。)を代金二億三九三六万二五〇〇円で買い受けた(以下、「本件売買契約」という。)との形式を装い、同月二七日、県の公金二億三九三六万二五〇〇円(以下、「本件公金」という。)を、愛知県渥美郡田原町大字浦(以下、「浦地区」という。)及び同町大字波瀬(以下、「波瀬地区」という。)地区地先の旧干潟(同町大字浦字セイロウ洲一番二)につき権利を有する右各地区の住民らに対し、右住民らが右旧干潟についての土地滅失登記処分の取消しを求める訴訟を提起することを防止し、これを思いとどまらせるための口止め料として、支出(以下、「本件公金支出」という。)した。
したがつて、本件公金支出は、支出の原因を欠く違法支出である。
(二) 仮に、本件山林について、県と八幡社との間の本件売買契約が存在したとしても、右契約は、右住民らに対し、前記口止め料を支払うとの違法な目的の下に締結されたものであり、このような違法な目的で締結された右契約は無効というべきである。
したがつて、本件公金の支出は支出の原因を欠く違法支出である。
(三) 仮に、本件売買契約が有効に存在するとしても、右契約は、前記口止め料を支払うとの違法な目的の下に締結されたものであるから、このような違法な契約に基づく本件公金支出は、やはり、違法な支出というべきである。
(四) 県は、被告の右(一)ないし(三)記載の違法な公金支出により、金二億三九三六万二五〇〇円の損害を被つた。
4 よつて、県は、被告に対し、金二億三九三六万二五〇〇円の損害賠償請求権を有する。
5 原告らは、昭和五二年四月二〇日、県監査委員に対し、本件公金の違法支出を是正するため必要な措置を講ずべきことを求めて監査請求を行つたところ、同監査委員は、同年六月一七日頃、原告らに対し、本件売買契約は適法であり、違法な公金支出とはいえない旨の監査結果を通知した。
6 しかしながら、原告らは、右監査結果に不服であるので地方自治法(以下、単に「地自法」という。)二四二条の二第一項四号に基づき、県に代位して、被告に対し、金二億三九三六万二五〇〇円及びこれに対する前記違法支出の後の日である昭和五一年一二月二八日から完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を県に支払うよう求める。
二 被告の本案前の主張
本件公金の支出は、昭和五一年度の臨海用地造成事業会計から支出されたが、右公金の中には、県の住民の負担に係る金銭は含まれていない。
すなわち、臨海用地造成事業においては、地方公営企業法が全面的に適用されることになつており(愛知県内陸用地造成事業及び臨海用地造成事業の設置等に関する条例第三条)、同法一七条によれば、地方公営企業の経理は特別会計を設けて行うものとされており、また、同法一七条の二によれば、地方公営企業の特別会計においては、その経費は、一定の場合を除き、原則として当該地方公営企業の経営に伴う収入をもつて充てなければならないとされている。もつとも、同法は、例外的に、地方公営企業の会計に対し、一般会計等から一定の経費の負担をなすべき場合を規定しているが(同法一七条の二第一項、一七条の三、一八条、一八条の二)、昭和五一年度の臨海用地造成事業会計についてみれば、一般会計等からの補助、出資、長期貸付けのいずれもなかつた。
したがつて、本件公金の支出は、すべて、臨海用地造成事業の経営努力により得た収入の中から支払つたものであり、公租公課等による県の住民の負担に係る金銭を支払つたものではないのである。
よつて、本件公金支出は、県に対し、何らの財産上の損害を与えるものではないから、本件公金支出を訴訟の対象とする本件住民訴訟は、地自法二四二条の二所定の住民訴訟の趣旨、目的からして許されないものというべきであり、却下されるべきである。
三 請求原因に対する被告の認否及び主張
(認否)
1 請求原因1、2は認める。
2 請求原因3は、被告が、昭和五一年一二月二七日、本件公金を支出したことは認め、その余は否認する。
3 請求原因4は否認し、同5は認め、同6は争う。
(主張)
1 県は、昭和五一年一二月二五日、八幡社から、八幡社所有の本件山林を代金二億三九三六万二五〇〇円で買い受け(本件売買契約)、県の経営する地方公営企業である用地造成事業の管理者である被告は、八幡社代理人松井則次に対し、右売買代金として本件公金を支出したものである。
右売買代金の算定根拠は、次のとおりである。
(一) 土地の価格を一平方メートル当たり金九〇七五円、立木の価格を一平方メートル当たり金三二〇〇円、合計一平方メートル当たり金一万二二七五円とし、これに買受面積一万九五〇〇平方メートルを乗じたものである。
(二) 右の土地の一平方メートル当たりの価格は、県企業局が、昭和五一年三月及び同年一〇月に本件山林と同一地域内の土地を買収した時の買収単価と同一のものである。
(三) 右の立木の一平方メートル当たりの価格は、いわゆる造林費用価法により算定し、造林費用(植林及び植林後の維持管理費用)価格が、一平方メートル当たり三二四〇円二三銭と見込まれたので、端数を切り捨てて三二〇〇円としたものである。
したがつて、本件公金の支出は、本件売買契約に基づく代金の支払いであり、また、右代金の算定は適正であるから、原告らの主張する口止め料というようなものではあり得ない。
2 県が、本件山林を買い受けた目的ないし経緯は、次のとおりである。
(一) 県企業局は、三河湾沿岸において、東三河臨海用地造成事業を行う計画を有していたが、この計画によれば、三河湾沿岸に極めて大規模な臨海工業地帯が造成されることが予定されていた。
(二) 県企業局は、右臨海工業地帯から内陸部の周辺地域社会の自然環境への悪影響を避けるため、大規模な環境緑化計画を策定した。この計画は臨海工業地帯と内陸部との境界に幅一〇〇メートル、長さ二〇キロメートルのグリーンベルトを設けるというものであり、その実現のため、県企業局は、グリーンベルトとして新たに樹木一五〇万本を植栽することの他に、現存する優れた緑地帯をそのまま買上げ、それらを一体のものとして整備、保全することとした。
(三) 本件山林を含む渥美郡田原町大字浦及び同町大字波瀬地内の松並木を買収する計画もその一環であり、右買収については、優れた自然景観を残すこと、また、緩衝緑地として公害防止のグリーンベルトとして効用が大きいことから計画されたものである。
以上のような経緯から、県企業局は、地元田原町の要望もあつて、本件山林を取得したのであり、その後、今日に至るまで県企業局は、本件山林をグリーンベルトの一部として整備し、維持管理し、公害防止に役立てている。
3 原告らは、後記のとおり、本件山林が保安林に指定されている点を捉えて、本件山林の買収が全く不必要なものであつたと主張するが、これは、次のとおり根拠がない。
(一) 本件山林は、昭和二六年一二月二二日、潮風害の防止軽減のため必要があるとして保安林に指定された。
(二) 県企業局がこの地区において臨海工業地帯の造成に着手する以前においては、三河湾から吹きつける潮風害から内陸部を守るものとして本件山林が保安林に指定される必要性があつた。
(三) しかしながら、本件山林の買収当時には、本件山林の海側前面には、県企業局により、田原一区五九四ヘクタールもの広大な臨海工業地帯が造成されつつあり、うち二〇ヘクタールは既に完成し、民間四社に分譲され、操業が開始されていた。また、一方、本件山林の陸側背面には、県企業局により内陸住宅用地田原、浦地区二八ヘクタールが造成されつつあつた。
(四) このように、本件山林を取り囲む状況は、本件山林の海側正面が着々と臨海工業地帯として完成されるに伴い、変化し、従来のように三河湾から吹きつける潮風害から内陸部を守るという当初の保安林としての指定目的が失われつつあり、本件山林所有者等からの指定解除の申請又は職権により保安林の指定解除がなされる可能性があつた。
このようなことから、保安林指定の解除がされる以前に、本件山林を買収する必要があつたのである。
なお、県は、本件山林を前記緩衝緑地として買い受けたものであるので、保安林指定の解除申請を県知事に対してしておらず、未だ指定解除はなされていない。
四 被告の本案前の主張に対する原告らの反論
被告は県職員であり、県企業局による本件臨海用地造成事業(地方公営企業)は特別会計によつているものの、右事業において被告が支出する金員は県の公金である。したがつて、被告が違法な公金の支出を行い、これにより県に対し損害を与えた場合、県は、被告に対し、損害賠償請求権を有することになるから、住民が、地自法二四二条の二第一項四号に基づき、県に代位して損害賠償を求める住民訴訟を提起し得るのは、同法の解釈上、理の当然である。すなわち、被告がした本件公金支出のような、地方公営企業の管理者がした財務的行為も住民訴訟の対象となるのであつて、その場合、右支出の財源が、公租公課によるものであるか否かとか、一般会計から支出されたか、それとも特別会計から支出されたかといつた点は、考慮されないのである。
五 被告の本案の主張に対する原告らの認否及び反論
(認否)
被告の主張1ないし3の事実はすべて否認する(ただし、同3の(四)のうち、本件山林につき保安林指定の解除がなされていないことは認める。)。
(反論)
1 県が本件山林を買い受けた目的ないし経緯は、次のとおりである。
(一) 県企業局は、臨海用地造成事業として、三河湾の豊橋・田原地区の干潟を埋め立てて造成し、これを売却することを計画し、昭和四二年頃から右工事に着工した。
(二) 県企業局が臨海用地造成事業を行つた干潟は、当時、沿岸漁民により海苔、あさり、かき等の養殖が行われており、明治初頭より私有地として取り扱われ、課税、登記、処分の対象となつていた。しかるに、県は、干潟は海洋であつて私的所有権の対象とはならないとの解釈を採り、干潟のうち登記があつたものについて所轄法務局登記官吏と相談し、すべて海没を原因とする滅失登記手続をすることとし、干潟の登記簿上の所有名義人(以下、「旧所有名義人」という。)に対し、豊橋市長、田原町長を通じて滅失登記申請をしない場合には登記官の職権で滅失登記手続を行うと威迫する一方、一坪当たり金二五〇円の滅失登記申請協力感謝金を与えて滅失登記の申請をなさしめ、あるいは、所轄法務局登記官吏をそそのかして職権で、右干潟につき滅失登記手続を行わせた。
県企業局は、このようにして適正価格で干潟を買収するという方法を採ることなく、これを埋め立て造成し、造成の完了した土地は、訴外株式会社総合開発機構等に売り渡した。
(三) これに対し、右干潟は私的所有権の対象となり得る土地であると主張する旧所有名義人は、昭和四五年四月頃から、土地滅失登記の回復登記請求訴訟、土地滅失登記処分の取消訴訟、所有権確認訴訟等(以下、これらを総称して「海面下土地所有権訴訟」という。)を提起し、土地立入禁止等を求める仮処分を申立てるに至り、そのうち、豊橋市杉山地区の旧所有名義人が登記官を被告として提起した土地滅失登記処分の取消しを求める訴訟において、昭和五一年四月二八日、当庁で原告勝訴の判決が言渡された。
(四) 渥美郡田原町地先の埋立ては、四区に分けて工事が進められたが、同町浦地区及び波瀬地区地先の田原第二区埋立地の殆どは、県からトヨタ自動車工業株式会社(以下、単に「トヨタ自工」という。)に直接売り渡され、同社は、昭和五三年二月下旬には、工場建設の起工式をなした。
(五) トヨタ自工に売り渡された埋立地の一部には、もと渥美郡田原町大字浦字セイロウ洲一番二と呼ばれた干潟を埋め立てた土地が含まれており、これらは、干潟当時、田原町に居住する訴外伊藤省三外三名等の共有として登記されていたが、実質的には伊藤省三と右干潟に入漁していた浦部落民及び波瀬部落民との共有であつた。
これらの者のうち、伊藤省三は、昭和五〇年四月九日、海面下土地所有権訴訟を提起したが、その余の者はこれをしなかつた。もつとも、右両部落においても、「海面下私有地対策浦波瀬委員会」なるものが結成されるなど、前記旧所有名義人勝訴の判決の影響を受けて、同様の訴訟や仮処分を提起する動きがみられるようになつた。
(六) 干潟埋立工事を行い、造成地を売却した県企業局としては、海面下土地所有権訴訟や仮処分申請がこれ以上提起されることを防止する必要があつたが、干潟には私的所有権は存在しないものと主張してきた面子もあつて、改めて干潟を買収することはできなかつた。
(七) 以上のような経緯から、県企業局は、これ以上田原第二区埋立地について海面下土地所有権訴訟が提起され、また、工事続行禁止、立入禁止を求める仮処分申請が行われるのを防止するため、浦、波瀬両部落民及び伊藤省三に対し、右訴訟等の提起、追行を思いとどまらせるための金員、すなわち、口止め料として、本件公金を支出したのである。
2 被告主張の本件売買代金の算定根拠についての反論
県企業局が、本件山林を買収するに際し、立木価格を算定し、これを対価に算入したことは、他に例をみないものであり、これは、海面下土地一坪当たり金一〇〇〇円の割合で協力費(口止め料)を支払うことを偽装し、計算上のつじつまを合わせるためのものである。
すなわち、県企業局は、公簿上二三万九三四八坪の海面下土地について、一坪当たり金一〇〇〇円の割合で協力費(口止め料)を支出するため、本件山林(一万九五〇〇平方メートル)の土地価格を一坪当たり金三万円として、その対価総額金一億七七二七万二七二七円余を算出した後、これに他に例をみない立木価格の対価合計金六二〇七万五二七三円を上積みし、計算上のつじつまを合わせたものである。
3 不必要な買収及び不適正価格について
(一) 仮に、実質が口止め料であつても形式的には売買代金として金員が支出された場合、外形的な法律行為(本件売買契約)により財産権(本件山林の所有権)を取得していれば、県には全く損害は無いとの考えもあり得るが、このような考え方は誤りである。
すなわち、緊急に必要でない財産を取得するため公金を支出することは、無駄な支出であり、公金の帰属者(県)に損害を及ぼすことになるものというべきであり、また、財産権を不当に高価に取得していれば、適正価格を超える支出については、県に損害を及ぼすことになるからである。
(二) 本件山林は、本件売買契約当時、保安林に指定されており、また、当時、右指定の解除申請を行おうとする動きは全くなかつたのであるから、被告が主張するような緩衝緑地(グリーンベルト)として本件山林を用いる必要があるとしても、その所有権を取得する必要はなかつた。
すなわち、本件山林は、潮害防備保安林に指定されており、伐採、現状変更については、厳しい制限が加えられているのであるから、県企業局において、これを買収せずとも、現状のままで、グリーンベルトの機能を果すことは十分可能であつた。
しかるに、県企業局が不必要な本件山林を買収したのは、前記口止め料を支出する名目を作出するためのものというべきである。
(三) 本件山林を含む保安林の総面積は、約九万五〇〇〇平方メートルであるが、県企業局は、このうち、七万八二〇〇平方メートルを買収する予定であり、右買収予定山林のうち、まず、本件山林(一万九五〇〇平方メートル)を前記金額で買収(以下、「第一次買収」という。)した。
しかるに、県企業局が、第二次の買収を予定している山林の土地は、第一次買収の対象となつた本件山林の土地の形状が凸凹であつて山林の手入れが困難であるのに比較し、平坦であつて形状が良いのにもかかわらず、その土地の買収予定価格は、一平方メートル当たり金七三四二円で、第一次買収における土地の買収価格(一平方メートル当たり金九〇七五円)より一平方メートル当たり金一七三三円安い価格となつている。このことは、現地調査をすれば容易に分かることであるのに、被告は公金を管理するものとして、この簡単な調査すら怠るという重大な義務違反を犯し、その結果、本件土地を不当に高価に買収し、県に損害を与えた。
六 原告らの反論に対する被告の認否
1 反論1について
(一) 同1の(一)は認める。
(二) 同1の(二)は、県企業局が臨海用地造成事業を行つた干潟は、当時、沿岸漁民により漁業が行われており、その一部について登記がなされ、課税、公売処分が行われたことがあること、また、県は、右干潟が海面下の土地であつて私的所有権の対象とならないと考えていたこと、右干潟の登記名義人が滅失登記申請を行えば、県は一坪当たり金二五〇円の金員を支払うことを約束し、右金員を交付したこと、所轄法務局登記官が右所有名義人がした土地滅失登記申請により滅失登記手続を行つたこと、県企業局は、埋立て造成工事の完了した土地を株式会社総合開発機構等に売り渡したことは認め、その余は否認する。
(三) 同1の(三)、(四)は認める。
(四) 同1の(五)は、県が、もと渥美郡田原町大字浦字セイロウ洲一番二と呼ばれた干潟を埋め立てたこと、右地番の登記の甲区欄には伊藤類二(伊藤省三の父)外三名の登記名義があつたこと、伊藤省三が、原告ら主張の日に海面下土地所有権訴訟を提起したことは認め、その余は知らない。
(五) 同1の(六)、(七)は否認する。
2 反論2は否認する。
3 反論3について
(一) 同3の(一)は争い、同(二)は否認する。
(二) 同3の(三)は、本件山林を含む保安林の総面積は、約九万五〇〇〇平方メートルであること、県企業局は、このうち、七万八二〇〇平方メートルを買収する予定であり、右買収予定山林のうち、まず、本件山林を前記金額で買い受けたこと、本件山林の土地買収価格が一平方メートル当たり金九〇七五円であり、残りの山林五万八七〇〇平方メートルを金四億三一〇〇万円(一平方メートル当たり金七三四二円となる。)で買収する旨の予算要求をしたことは認め、その余は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 被告は、本件公金の支出が、すべて地方公営企業である臨海用地造成事業の経営努力により得た収入の中から支払われたものであり、公租公課等による県の住民の負担に係る金銭の支出ではないから、右支出は県に対し何らの財産上の損害を与えるものではなく、したがつて、本件公金支出を訴訟の対象とする本件住民訴訟は、地自法二四二条の二所定の住民訴訟の趣旨、目的からして許されない旨主張する。
しかしながら、地方公営企業の管理者は、当該地方公営企業を経営する地方公共団体の職員であり(地方公務員法三条三項一号の三)、右管理者が行う地自法二四二条第一項所定の財務的行為は、住民訴訟の対象となるものと解すべきであるから、地方公営企業である本件用地造成事業の管理者たる地位にある被告がした本件公金の支出は、被告が主張するように、それが右事業に係る特別会計から支出され、当該支出年度において、右事業の経営に伴う収入をもつて賄われたとしても、やはり、住民訴訟の対象となるものというべきである。
したがつて、被告の右本案前の主張は理由がない。
二 請求原因1、2、5の事実は当事者間に争いがない。
三 請求原因3(公金の違法支出)について、以下、判断する。
1 まず、原告らは、本件公金支出の原因であつた本件売買契約が仮装のものであつて、その実体は、浦及び波瀬地区の住民らが海面下土地所有権訴訟を提起することを防止し、これを思いとどまらせるための口止め料として支出されたものであるから、本件公金の支出は、その支出の原因を欠く違法支出である旨主張する(請求原因3(一))。
そこで判断するに、成立に争いのない甲第二号証の三、一〇、乙第一二号証(乙第一二号証については原本の存在についても争いがない。)、証人牧野卓一の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証の四、五、七、右証言及び証人鈴木愿の証言により、浦区長牧野卓一のメモに基づき田原町職員鈴木愿が昭和五一年一二月中旬頃作成したものと認められる甲第二号証の六(西浦地区総括表)並びに右各証言及び証人柴田芳三、同松下芳司、同石部博、同伊藤省三の各証言によれば、豊橋市杉山地区地先の干潟の旧所有名義人が登記官を被告として提起した土地滅失登記処分の取消しを求める訴訟(海面下土地所有権訴訟の一つである。)において、昭和五一年四月二八日、原告勝訴の判決が言渡された(この点は当事者間に争いがない。)ところ、浦、波瀬地区の住民の間においても、右各地区がその大部分を実質的に所有していた後記田原第二区の埋立地となつた浦、波瀬両地区地先の旧干潟(もと渥美郡田原町大字セイロウ洲一番二外四五筆、ただし、セイロウ洲一番二については、共有名義人の一人である亡伊藤類二の子である伊藤省三を原告とする海面下土地所有権訴訟が既に提起されていた。)について、海面下土地所有権訴訟を提起すべきであるとの強硬意見を吐く者が出るなど、その対応をめぐつて動揺が生じ、同年八月一九日には、「海面下私有地対策浦波瀬委員会」(委員長浦区長牧野卓一、副委員長波瀬区長石部博)が、田原町長に対し、「海面下私有地に対する要望書」を提出し、<1>海面下私有地に関する平和的な解決、<2>地元関係者の納得できる措置、<3>県が、干潟の旧所有名義人が土地滅失登記申請をした場合に一坪当たり金二五〇円の割合で支給した協力感謝金の追加支給の三点を要望したこと、本件売買代金額(二億三九三六万二五〇〇円)が、右委員会の委員長である浦区長牧野卓一が指示作成させていた西浦地区総括表中の海面下土地(旧干潟)についての「協力費」(海面下土地一坪当たり金一〇〇〇円、合計金二億三九三四万八〇〇〇円、甲第二号証の六)の金額にほぼ見合うこと、本件売買代金が、本件売買契約の対象となつた本件山林そのものについては権利を有しない波瀬地区の住民らに対しても分配されていること、更に、右旧干潟の共有名義人亡伊藤類二の子である伊藤省三に対しても、昭和五二年一月一〇日、同人が本件山林については何らの権利を有しないにもかかわらず、右旧干潟について工事差止めの仮処分を申請しないことの見返りとして、右売買代金の中から右旧干潟(海面下土地)一坪当たり金一〇〇〇円の割合による金員を支払う旨の申出が、田原町助役柴田芳三によりなされたことが認められ、これらの事実は、原告らの主張に副うものといえよう。
しかしながら、成立に争いのない甲第一四号証、乙第一号証、前掲松下証言により真正に成立したものと認められる乙第一一号証及び前掲証人牧野、同松下、同柴田の各証言並びに被告本人尋問の結果によれば、県は、昭和五一年一二月二五日、八幡社との間で、八幡社所有名義の本件山林を代金二億三九三六万二五〇〇円で買い受ける旨の土地売買契約書を取り交したこと、県はその代金を八幡社の代理人である田原町長松井則次に対して支払い、その後、右町長は、右代金を本件山林の実質的な所有者である浦区の区長牧野卓一に交付したこと、県は本件売買契約を登記原因として昭和五二年一月二二日受付の所有権移転登記手続を了した事実が認められるのであり、これらの事実によれば、本件売買契約の動機、目的がどのようなものであつたとしても売買契約、売買代金の支払、財産権(本件山林)の移転があつたことにより本件山林の所有権は、実質的にも、また、登記名義上も、県に帰属するに至つたとみるのが相当であり、また、右浦区長が、右代金を受領した後、これをどのような目的ないし基準の下に、また、どのように分配したとしても、そのことにより本件売買契約の存在そのものを否定することはできないものというべきである。
したがつて、原告ら主張に副う前記各事実をもつてしては、本件売買契約が仮装のものであつたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
したがつて、原告らの右主張は理由がない。
2 次に、原告らは、本件売買契約は、浦及び波瀬地区の住民らに対し、前記口止め料を支払うとの違法な目的の下に締結されたものであり、このような違法な目的で締結された右契約は無効というべきである旨主張する(請求原因3(二))。
そこで、県が、本件山林を買い受けるに至つた経緯についてみるに、前掲甲第二号証の三、四、成立に争いのない乙第二ないし第四号証、同第九号証、証人馬渕秀一、同石川信久の各証言により真正に成立したものと認められる乙第一三号証の一、二、同第一四号証の一ないし五、同第一五ないし第一九号証及び右各証言、証人近藤重六郎(第一、二回)、前掲証人柴田、同牧野の各証言並びに被告本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる(前記認定事実及び当事者間に争いのない事実を含む。)。
県企業局は、県が経営する地方公営企業である用地造成事業の一環として三河湾の豊橋・田原地区の干潟を埋め立てて造成し、これを売却することを計画し、昭和四二年頃から右工事に着工した。ところで県企業局が用地造成事業を行つた干潟は、当時、沿岸漁民が入漁しており、その一部について登記がなされ、課税、公売処分が行われたこともあつたが、県企業局は右干潟は海面下の土地であつて私的所有権の対象とはならないとの見解を採り、右干潟の登記名義人との間で、同人らが土地滅失登記申請を行つた場合には、県が右干潟一坪当たり金二五〇円の割合で金員を支払うことを約し、右登記申請をした者に対しては、右金員を支払うこととした。また、所轄法務局登記官は、右干潟につき、右所有名義人がした土地滅失登記申請に基づき、又は職権により土地滅失登記手続を行つた。
これに対し、右干潟は私的所有権の対象となり得る土地であると主張する右干潟の旧所有名義人は、昭和四五年四月頃から、逐次、土地滅失登記の回復登記請求訴訟、土地滅失登記登記処分の取消訴訟、所有権確認訴訟(海面下土地所有権訴訟)を提起し、また、土地立入禁止等を求める仮処分を申請するに至り、そのうち、豊橋市杉山地区の旧所有名義人が登記官を被告として提起した土地滅失登記処分の取消しを求める訴訟において、昭和五一年四月二八日、当庁で原告勝訴の判決が言渡された。
渥美郡田原町地先の埋立ては、四区に分けて工事が進められたが、同町浦地区及び波瀬地区地先の田原第二区埋立地の殆どは、県からトヨタ自工に直接売り渡され、同社は、昭和五三年二月下旬には、工場建設の起工式を行つた。
トヨタ自工に売り渡された埋立地の一部には、もと渥美郡田原町大字浦字セイロウ洲一番二と登記簿上表示されていた干潟外四五筆の干潟を埋め立てた土地が含まれており、当時、その登記名義人は、伊藤類二(伊藤省三の父)、外の個人名義あるいは八幡社名義等であつたが、浦地区及び波瀬地区の住民らの間では、右干潟は右両地区の所有するものであると了解されていた。
これら、右干潟について利害関係を有した者のうち、伊藤省三は、昭和五〇年四月九日、海面下土地所有権訴訟を提起したが、その余の者はこれを行わなかつた。しかしながら、昭和五一年四月二八日に言渡された前記海面下土地所有権訴訟の原告勝訴判決の影響を受け、浦地区及び波瀬地区の住民の間でも、その対応をめぐつて動揺が生じ、同年八月一九日には、「海面下私有地対策浦波瀬委員会」(委員長浦区長牧野卓一、副委員長波瀬区長石部博)が、田原町長に対し、「海面下私有地に対する要望書」を提出し、<1>海面下私有地に対する平和的な解決、<2>地元関係者の納得できる措置、<3>県が、干潟の旧所有名義人が土地滅失登記申請をした場合に支給した協力感謝金の追加支給の三点を要望し、また、地元民の中には、訴訟提起を求める強硬な意見を持つ者もいた。
これに対し、田原町当局は、右協力感謝金の追加支給については、既に、前記協力感謝金(干潟一坪当たり金二五〇円の割合で支給した金員)の支払いにより決着済みであるので、県に対し、その追加支給を求める交渉はできないが、平和的な解決等については協力する旨の回答をした。
一方、県企業局は、かねてより、前記用地造成事業により埋め立て造成した地区に大規模な臨海工業地帯を形成することを計画していたが、右工業地帯から内陸部の自然環境に対し悪影響が及ぶことが予想されたことから、県企業局は、昭和四四年五月頃、東三河地区工業開発の一環として行われていた田原町地先の臨海工業地帯埋立造成予定地と内陸の造成予定地との間に介在する松林(本件山林を含む。)約七ヘクタール(以下、「西浦地区山林」ともいう。)を公害防止のための緩衝緑地として買い上げる計画を公表し、更に、昭和四七年六月頃には、県企業局の手で、より大規模な環境緑化計画が策定され、これによれば、東三河臨海工業地帯を埋立造成するに当たつて、田原町地先から御津町地先まで約二〇キロメートルにわたつて、右工業地帯と内陸地との間に、幅約一〇〇メートルのグリーンベルトを造成することが計画されており、前記松林も右計画の一環として、県が買収する等の方法により保存することが検討されていた。
また、地元田原町当局においても、昭和四八年に、田原町総合計画を作成し、それによれば、臨海工業地帯とその後背地(内陸部)の住宅地域とを分離する幅一五〇メートルの遮断緑地帯(グリーンベルト)を設けることとし、前記松林もその一環として位置付けられ、県に対し、右松林等を公有地として確保することを要望することとし、この頃から、田原町当局は、県企業局に対し、本件山林を含む西浦地区山林を県が買収し、県の手で保存、管理することを陳情するようになつた。
昭和五一年になり、田原町地先の臨海工業地帯用地の造成工事が完了し、右用地にトヨタ自工が進出することが確定するとともに、内陸側の住宅用地造成工事が本格的に行われるようになつたことから、県企業局においても、右工業地帯と右住宅用地との間に介在する西浦地区山林を緩衝緑地帯として確保しておく必要性が現実のものとなつてきた。
右のような状況下において、田原町当局から協力感謝金の追加支給を求める交渉を県に対して行うことはできない旨の回答を受けた前記委員会は、右協力感謝金の追加支給を要求することに代えて、従前からの懸案であつた西浦地区山林(これは浦及び波瀬両地区が実質的に所有するものであつた。)の買収を、県に早急に行つてもらうこと、右買収に際しては、県において、地元の前記要望を考慮してもらうことによつて事態の収拾を図ろうと考え、田原町当局に対し、西浦地区山林の買収の件を県と交渉するように要望した。
右地元の要望を受けて、田原町助役柴田芳三は、昭和五一年八月下旬頃から、県企業局に対し、西浦地区山林買収の件で陳情を重ねたが、県企業局としても、西浦地区山林の買収は、前記のとおり、同局がかねてから計画していたグリーンベルト計画の一環でもあり、また、これを緩衝緑地帯として確保しておく必要性がようやく現実化してきたことなどから、右地元の要望に応えることとした。更に、県企業局の担当者であつた企画業務課長近藤重六郎と柴田助役との間で買収価格についての交渉が重ねられ、結局、県企業局がその頃近傍地を買収した際の土地価格(一平方メートル当たり金九〇七五円)を基準とし、これに立木の価格(一平方メートル当たり金三二〇〇円)を加算した価格(一平方メートル当たり金一万二二七五円)で折り合いがついたが、県企業局の予算上の都合等から、さしあたり西浦地区山林の一部である本件山林(一万九五〇〇平方メートル)が年内に買収される運びとなり、昭和五一年一二月二五日、本件売買契約が締結されるに至つた。
そして、本件売買代金は、八幡社の代理人である田原町長松井則次、浦区長牧野卓一を経て、浦、波瀬両地区の住民に分配された(ただし、右代金の中から伊藤省三に対して、同人の父伊藤類二が共有名義人であつた前記セイロウ洲一番二の干潟について、その共有持分に坪当たり一〇〇〇円を乗じた金額合計金一二七五万六〇〇〇円を交付する予定であつたが、同人にその受領を拒否されたため右金員は、分配されなかつた。)。
以上の事実を認定することができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上の事実関係を踏まえて、原告らの主張の当否につき判断するに、前認定のとおり、柴田助役は、昭和五一年八月下旬、県企業局に西浦地区山林の買収の件で陳情に出かけているのであるが、その直前(同月一九日)に、浦地区及び波瀬地区の住民らにより構成される海面下私有地対策浦波瀬委員会が、田原町に対し、前記要望書を提出し、海面下土地に関する善処方を要望していたこと、したがつて、田原町当局は、これに対する対応に迫られていたこと、浦、波瀬地区からの西浦地区山林買収の要望が前記事情によるものであることなどからすると、柴田助役の右出張の目的は、海面下土地所有権訴訟における原告勝訴の判決の影響を受け、動揺している地元民の動向、その要望の内容を県企業局に伝えるとともに、これに対する対応を協議することにもあつたことが窺えること、また、右委員会の委員長である浦区長牧野卓一のメモに基づき作成された前記西浦地区総括表(甲第二号証の六)については、田原町職員鈴木愿がその作成に関与していることから推すと、柴田助役においても、地元民の要望の一つとして、その内容を認識していたものと推認し得ること、更に、柴田助役は、昭和五二年一月一〇日、旧干潟の共有名義人亡伊藤類二の子である伊藤省三に対し、同人が本件山林については何らの権利を有しないにもかかわらず、右旧干潟について工事差止めの仮処分を申請しないことの見返りとして、本件売買代金の中から右旧干潟(海面下土地)一坪当たり金一〇〇〇円の割合による金員を支払う旨の申出をしていることなどの事実を総合すると、柴田助役は、かねてから地元が要望していた本件山林の買収を県企業局に陳情するに当たつて、右買収により、海面下土地所有権訴訟における原告勝訴判決によつて生じた浦地区及び波瀬地区住民の動揺を鎮めることもその目的としていたことが推認できる(前掲証人柴田、同近藤の各証言及び被告本人尋問の結果中、右認定に牴触する部分は採用し難い。)。
そして、この間の事情は、前記認定の当時の状況からして、柴田助役を介し、県企業局においても、把握していたものと推認し得る。すなわち、県企業局としては、前記グリーンベルト計画の一環として本件山林を買収する必要性があつたことは前認定のとおりであるが、それと同時に、前記海面下土地所有権訴訟における原告勝訴判決により生じた浦地区及び波瀬地区の住民らの動揺を鎮め、その後の用地造成事業を地元の協力を得て円滑に進めるという観点からも検討をし、総合的な見地から地元の要望に応え、本件売買契約を締結したものとみるのが相当である(前掲近藤証言及び被告本人尋問の結果中、右認定に牴触する部分は採用し難い。)。
そこで、原告らは、右のような目的ないし動機の下に締結された本件売買契約が違法、無効であると主張するのであるが、一般に、地方公営企業の管理者には、当該地方公営企業の企業としての合理的、かつ、能率的な経営を確保するため大きな権限と大幅な自主性が認められており(地方公営企業法八条ないし一〇条、一六条、一七条の二等)、また、地方公営企業の業務に関する契約の締結並びに財産の取得、管理及び処分については議会の議決を要しないものとされている(同法四〇条一項)。このような企業経営者としての独自の権限を有する管理者の法的性格に鑑みると、管理者が行う財産の取得、管理、処分については、管理者において、合理的、かつ、能率的な企業経営という見地からする大幅な裁量が認められているものというべきであり、本件における被告についても、かかる法的地位にある者としてその行為を評価すべきである。
以上の観点に立つて検討すると、本件用地造成事業の管理者である被告が、前記のとおり、海面下土地所有権訴訟における原告勝訴判決によつて生じた地元民の動揺を鎮め、本件用地造成工事を円滑に進行させることをも一つの目的として本件売買契約を締結したとしても、右契約により取得した資産(本件山林)が本件用地造成事業の経営上明らかに不必要なものであるとか、その資産の価値がこれに対し支払つた代金に比較し、著しく低いものであつて対価性を有しないなどの特段の事情があれば格別、そのような事情が認められない限り、右契約が右目的(動機)の故に違法、無効となることはないものといわざるを得ない。
そこで、右の特段の事情の有無について検討する。まず、本件山林買収の必要性についてみるに、前記認定によれば、本件山林は、本件用地造成事業により埋立造成された臨海工業地帯と内陸の住宅地域を隔離、遮断し、公害の発生を防止する上で必要なものであることが認められ、また、前掲乙第一三号証の一、二、同第一四号証の一ないし五、同第一五ないし第一九号証及び前掲証人馬渕、同石川の各証言によれば、本件売買代金額は、近傍地の取引事例及び造林費用価等を参酌して決められたものであることが認められ、本件山林の資産価値が、その代金額に比して著しく低いものであるとは認め難い。
もつとも、前掲甲第二号証の六(西浦地区総括表)によれば、本件山林を含む西浦地区山林面積二万八七三五坪について、坪当たり金一万五〇〇〇円とした場合の土地価額が金四億三一〇二万五〇〇〇円となり、田原第二区の埋立地となつた浦、波瀬地区等の所有に属する海面下土地面積二三万九三四八坪について坪当たり金一〇〇〇円を乗じた場合の協力費が金二億三九三四万八〇〇〇円となり、総額金六億七〇三七万三〇〇〇円となる旨の記載があり、右協力費の数値は本件売買代金二億三九三六万二五〇〇円にほぼ見合うものとなつている。したがつて、仮に、右総括表の記載が本件売買契約の基礎及び内容となつたものであり、被告においてもこれを了解して本件売買契約を締結するに至つたものであるとすれば、本件山林は坪当たり一万五〇〇〇円を買収単価として契約されたことになり、これを超えた協力費の支出は、企業局長の有する前記裁量を考慮してもその範囲を超えた不当な支出といわざるをえない。しかしながら、右総括表が本件売買契約の基礎ないし内容となつたこと及び被告において同書面の記載内容を了解し、これに基づいて本件契約を締結したものであることを認めるに足る証拠はない。前掲証人牧野は同書面の作成経緯に関し、同書面は単に自己の「腹おさえ」のために作成した旨供述するのみで、その詳細は必ずしも明らかではないが、同証人は浦区長として、前記認定のように、当時、浦、波瀬地区住民から海面下土地の滅失登記申請に対する協力感謝金の追加支給を田原町当局に要望するよう強く求められており、他面、町当局からは、協力感謝金は既に支給されたことで決着をみており、県に対し、更に追加支給を求める交渉はできない旨の回答を受け、住民と町当局との間で板挾みとなつていた立場からすると、前掲甲第二号証の六の各書面は、いずれも牧野区長において、既に被告との間の交渉により或る程度明確となつていた西浦地区山林の売買代金に関し、右代金受領後、浦、波瀬地区の住民に分配するに当たり、当時、住民間で強い要望のあつた協力感謝金の追加支給の希望をいれ、右売買代金のうち一部を前記海面下土地の所有者に対する協力費に充て、残金が西浦地区山林の売買代金であるとすることによつて、住民を説得し、かつ、同書面に基づいて配分を実施するために作成したもので、専ら同区長の地区住民に対する説明資料ないし配分案とみる余地もある。そうだとすれば、右書面は本件売買契約に基づく代金受領後の地区住民に対する説得資料ないし配分基準案にとどまるもので、これによつて本件売買代金が分配されたとしても、遡つて本件売買契約を違法とするものとはいえないこととなる。しかし、この見方も推測の域を出るものではなく、結局、甲第二号証の六は如何なる経緯によつて作成され、如何なる性質を持つものであるかは本件全証拠によつても明らかではない。したがつて、同書面に記載された山林一坪当たり金一万五〇〇〇円が、本件山林の買収単価を表わしていると認めることはできず、また、本件山林の適正な時価を反映しているものと認めることもできない。ほかに右価額を適正価額と認めるに足る証拠もない。かようなわけで、本件契約においては、これを違法、無効とすべき特段の事情はないものというべきである。
本件山林取得の必要性に関し、原告らは、本件山林は、保安林に指定されているのであるから、グリーンベルトとして本件山林を用いる必要があるとしても、その所有権を取得する必要はない旨主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、本件山林の海岸側に用地造成工事が完成するに伴い、当初の潮風害の防止という保安林指定の目的は失われつつあつたのであり、将来、保安林指定の解除の可能性があり、また、本件山林を県企業局が計画しているグリーンベルトの一環として十分に保存、管理していくには、浦地区の所有のままでは財政的にも困難であり、これを買収し、県有地としておくことが最も望ましいことなどからして、原告らの右主張も理由がない。
また、原告らは、本件売買契約(第一次買収)における買収単価と、第二次買収における買収予定単価との相違を問題視するが(原告らの反論3の(三))、被告本人尋問の結果によれば、第二次買収については、昭和五二年二月の補正予算案に計上すべく作業を進めていたが、第一次買収の当否が議会で問題視されるようになつたため、その作業を途中で中止したことが認められるから、積算途中で示された買収予定単価を前提として、本件売買代金額の当否を論ずること自体当を得ないものというべきである。また、仮に、右第二次買収の買収予定単価を前提として判断するとしても、第一次買収単価と第二買収予定単価が相違することから直ちに第一次買収単価が不当に高額であるとすることもできない(第一次買収単価が近傍地の取引事例及び造林費用価等からみて不相当と認められないことは前記認定のとおりである。)。
3 以上のとおり、本件売買契約が違法な目的の下に締結されたものとは認め難いのであるから、これを前提とする請求原因3(三)の主張も理由がないことが明らかである。
四 以上の次第であつて、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤義則 高橋利文 綿引穣)
物件目録<省略>